2025/09/13絵本「木漏れ日とあいさつの魔法」〜被爆2世のピアサポーターからの手紙〜 (作成中)

片岡洋子(kaede)は、只今執筆と作画を毎日頑張っています。

絵本「木漏れ日とあいさつの魔法」
〜被爆2世のピアサポーターからの手紙〜

【本文】
(1) 2・3ページ
今日も昨日も、いいえ・・
ずっとずっと、誰とも(心からの)言葉を交わさなかったあなたへ

あなたに言いたい事があるの

ねえ、覚えていてね
本当はひとりぼっちの人なんていないの

今は心がつらくて痛くてたまらないかもしれない
でもね
みんなみんな知らない誰かに支えられているんだって気づいて欲しいの

あなたが 心の奥で泣いている時
そっとあなたの心にハンカチを差し出してくれる誰かがいる

ほんとうは・・
あなたがまだ気づいていないだけなんだよ

もし誰もいないと思うなら
そこはあなたがいるべきところではないのかもしれない

あなた自身のために勇気を出して
知らないことを知る旅に出よう

(2) 4・5 ページ
むかし、
泣いているお母さんのそばを離れられない、
小さな女の子がいました

「ねえ・・お母さんつらい時はなんでも言ってね」って
自分が一番言ってほしい言葉をお母さんにプレゼントした不器用な子ども
それがわたし。

やさしい弟がそばにいてくれたのに
わたしは心の奥で泣きながら
生きることそのものの
長い長い坂道を心細くひとりぼっちで登っていました。

いろんな悲しいことが重なって
心がバラバラになって散らかって
大切な事が何にも見えなくなってしまって

とても辛くて、耐えがたい毎日でした。

(3) 6・7 ページ
でもね、ずっとあとのある時
わたしの心の中の大掃除を手伝ってくれた人がいたの。

やっと人の優しさが見えてきて
その人に「心の底からのありがとう」が言えた時
わたしは本当の幸せに気づける人になれました。

ありがとう。

その言葉は不思議な魔法。
口にすると、心がふわっと明るくなる。

今でも毎日いろんな事があって、時々心が散らかります。
悲しみで何も見えなくなる事もあります。

そんな時は言葉にして書き出して心のお片付けをします。

私はうんと時間がかかったけれど、
その方法に気づいたらとても楽しくなってたんです
そしてたった今のわたしは「ありがとう」を惜しまない人になれました。

人はみないつかはひとりで死んでいく。
けれど、生きているあいだ、
ずっとひとりぼっちでいる必要なんてないんだよ

つらい時、いつか誰かに救われる日がきっときます。
あなた自身が心を閉ざさなければ。

(4) 8・9 ページ
こどものころのわたしは元気がなくて
学校で「おはよう」の挨拶さえできない日がほとんどでした。

お母さんは病気で何度も入院しました。
おうちではお父さんはお酒を飲んで背中で泣いていました。

わがままも夢も許されない、禁止だらけのおうちで、
弟のやさしさに気づかないくらい
わたしは心を空っぽにして生きていました。

ほんとうは泣きたかった。
でもお父さんは「泣くな」と言い、
楽しそうにすると「うるさい」と怒鳴った。

そんなことを言うお父さんは、なんだかわたしより辛そうで、
だからわたしはぐっとこらえて、

本当は辛くてたまらないのに、
つらいと言えない子どもになったのです。

(5) 10・11 ページ
ある時、耐えられなくなって、
ついに友達に「死にたい」と言ってしまった。

そうしたら、
その子は口をきいてくれなくなりました。

それからわたしは本当に誰にも本音を言えなくなったんです。

泣き方も、ほんとうの笑い方も忘れて、
心はボロボロになっていきました。

ねえ、これって誰のせい?
何のせい?

お母さんが赤ちゃんの時に原子爆弾の灰を浴びたから・・
だから何度も入院して、
お金がいっぱいかかってお父さんが大変だからじゃないかな?
そんなことを考えてばっかりで、
一日中、誰とも話せないくらい自分の殻に閉じこもっていきました。

(6)12・13 ページ
わたしはその痛みやつらいことを、みんなみんな
「むかしおきた戦争のせい」にしました。

1945年8月6日8時15分広島の街に、
続いて8月9日11時02分に長崎の街に、
放射能という特別な害のある爆弾が落とされました。

そのせいで長崎にいたわたしのおじいちゃんは大火傷をして、
「この子はお父さんを知らずに育つんだね」と言い残し、火傷と悲しみで苦しみながらすぐに亡くなりました。

写真でしか知らないおじいちゃん。
でも、わたしは写真を見るたび「お母さんを守ってあげてね」と託された気がして、
わがままを言わずに自分なりに我慢強く生きようと思ったのです。
でも、ますます生活は楽にはなりませんでした。
お金を稼ぐためにお父さんは笑顔のないどんどんこわい人になっていきました。

子どものわたしにはどうする事もできずに
心の中で思っていることを言葉にできなくなって、
どんどん弱っていきました。

(7) 14・15 ページ
わたしは大人になっても戦争を憎みました。
戦争でお金を儲ける人を、軽蔑しました。
安全な場所から命令する人達を「悪魔」だと思いました。

「どうしたら仕返しできるのか」「どうして仕返ししたらいけないのか」

「どうして武器を持たない罪のない子どもにも、
ものすごく怖いやり方で悪い事をしたのに、
あの国の偉い人たちは一度も謝ってくれないのか」
ぐるぐる考えることをやめられませんでした。

なぜなら、お父さんは心労の果て体を大事にできずに、
ついに脳の病気になって、言葉が不自由な人になったし、
お母さんも元気がなくて家にこもっていて、
わたしは無力感でいっぱいになっていたからです。

(8) 16・17 ページ
そんな時チャップリンの映画「独裁者」を観ました。
「わたしもこんな風に表現したい」と素直に思いました。
そして昼も夜も本を読みあさり、少しだけ心は落ち着きました。

けれど世界ではテロが起きたり、
あちらこちらで憎しみの連鎖が起きていました。
わたしはいろんな事が人ごとでなくなり眠れなくなりました。

そんな時「自分の考えがテレビやラジオから知られている」
という妄想が起きました。
「まるで自分の事が放送されているというおかしな感覚」になって、
それは日に日に酷くなりました。

怖さと悲しみで涙は止まらず叫びを抑えられなくなりました。

わたしは病院に運ばれ、薬を飲みベットで過ごしました。
そんな時ほろっと、「もう生きていたくない」とお母さんに電話してしまいました。
弱音を吐いてわたしは自分をダメな人だと思いました。

でもね、
病院ではわたしと同じように苦しんでいるいろんな経験を持つ
いろんな人達と
お互いに話を聞き合ううちに
気づいたんです。

ーー「生きる事がつらいのは、自分だけじゃない」って

(9) 18・19 ページ
「生きるのがつらいのは、自分だけじゃない」
その事に気づくとなぜだか不思議なくらい自然に、
「おはよう」と挨拶できるようになりました。
自分でもびっくりしました。

「ありがとう」「いただきます」に心を込められるようになりました。
そして「ありがとう」という度に笑顔が返ってきて、
何だか幸せな気分でいられるようになりました。

当たり前のことなんて、ひとつもない。
ひとつひとつがかけがえのない特別なものなんだ。

心が開けていき、食べ物の命をいただく事、
作ってくれた人や運んでくれた人への感謝が
後から後から溢れるように少しずつ元気をくれました。

退院してからも、言葉のうまく話せなくなったお父さんの
お世話をしながら笑顔で過ごせるようになりました。

わたしの「心からのありがとう」は、
お父さんの懐かしい「心からの笑顔」に繋がりました。

(10) 20・21 ページ
世界のニュースは怖いことばかり、
ゴシップが繰り返し意味なく流れて、
さらに、戦争のニュースも終結しません。

元気を保つのは大変でした。
わたしは時折狂いそうになる事もありました。

けれどある日近くの公園で出会ったのです。
お日様の光を浴びて輝く新緑のイロハモミジの木陰に。
そこにはなんとも言えないやさしい風が吹いていました。

その時思いました。
「ああ、こんなに綺麗なものを感じられる自分が、まだここにいる」

それはわたしの転機でした。

苦しいだけだった坂道を登りきり、
やっと、峠を越したように心が軽くなったのです。

「なんて世界は美しいんだ」って心に光が満ちたんです。

それからわたしはこの素晴らしい感覚をいつでも思い出すために
このイロハモミジを連想する“Kaede”ってニックネームを名乗ります。

(11 ) 22・23 ページ
それからお母さんはやっとやっと被爆者手帳を取りました。
安心したわたしは、知らないことを知る旅に出ました。
そして自分にとっての「心からのありがとう」を教えてくれた人と結婚たんです。

それぞれの苦労の中にいる
わたしと同じように心の問題で苦しんだ経験のある達と支え合うピアサポート活動を、
旦那さん一緒に、行うようになりました。

勇気を出してみんなの前でお話をして、
たった今苦しんでいる人が、元気になるためのお手伝いをしながら、同時にいろんな事を学び合っています。
そして願いとしては「自らの手で自分の人生を終わらせる」そんな人がこれ以上現れないでほしいのです。

皆さんにもあの時わたしが出会った木漏れ日の美しさのような「希望の光」が届くといいなと思います。

だから、わたしからのあいさつを大切にします。
「ありがとう」を惜しみなく伝えます。
誰かの幸せを願う心配りと言葉掛けを惜しみません。
人生を皆さんと楽しんで歩んでいこうと心に留めておきたいのです。

(12) 24・25 ページ
今、もし心がひとりぼっちで心が壊れそうな人が目の前にいるとしたら、伝えたい思いがあります。

あなた自身で、あなたの心の中のひとりぼっちはなくせます。
あなたの胸の中にある愛やぬくもりを誰かに届けるんです。
周囲の人を怖がらないでほしいんです。

時と場合はあるかとは思いますが、
「ありがとう」が素直に言える自分育てを行いましょう。

誰かに「おはよう」ってあいさつできる
それだけでいつか、世界は美しくあなたに微笑みかける。

そう思える自分に出会えて、わたしは今、嬉しい気持ちでいます。
「ああ、やっと自分が好きになれそう」って弟に言える。「これは机上の空論じゃないよね?」
そんな気がしています。

皆さん、世界はきっと待っていてくれます。
わたしがあの日出会った“Kaede”の木漏れ日のように。

わたしも皆さんの心からの笑顔に出会える次の瞬間を待っています。

「それでは皆さん、またね」って「ほらいい風が吹いてくるよ。」

AIによる下絵