小さな親切、大きな態度

第1話

「私たち、もう別れましょう」

突然、アキから出たその言葉は、僕の心を揺さぶった。

「どうして?これまで、うまくやってきたじゃないか」

「トモカズ、もう遅いの。愛は冷めたのよ」

僕たちは、かれこれ3年のつきあいになる。

真剣に結婚も考えていた。

だからこそ、アキの突然のこの言葉に、僕はひどくうろたえた。

「はい、カット。そこまで❣️」

 はい?

 突然、背後から、声がした。

「何があったのか、知らないけど。おばちゃんとしては、そこで抱きしめて口説き文句が欲しいところよね」

 着物姿のおばちゃんが、僕たちの修羅場をそうさばいていた。

「では、テイク2。行ってみよう!

「なんでやねん!」

第2話

 一旦、休戦した僕らは、着物のおばちゃんを見下ろした。

「あのー、迷惑です」

ぼりぼりとかじるバナナチップスの手は止まらない。言うまでもなく、おばちゃんの態度だ。

「みやびさんと呼んでほしいわぁ」

着物のおばちゃんが、いけしゃあしゃあと言ってのける。

バナナチップス98円。

生産者 中村民雄

、、、は、この際どうでもいい。

「で、2人はどうして、別れたいのかしら?」

みやびさん、、、と言うらしいそのおばちゃんがつっこむ。

「あなたに関係ありません」

アキが言う。

「でも、別れるのなら理由があるんでしょ?」

「愛が冷めただけです」

「要するに、飽きたのね」

 なかなか、鋭いことを言うみやびさん。

「知りません!」

「感心しないわぁ、それ」

 ああ、そう言うことか。

 奇しくも、アキの気持ちがわかった。というか、理解してしまった。

第3話

 アキは、情の熱い女だ。

 この恋愛に魅力を感じなくなったのだろう。

 ただ、それだけだ。

 だからといって、彼女を責められようか。僕も彼女と同じだからだ。

 僕は結婚したかった。恋愛をゴールインさせたかった。だが、結婚した後、僕はどう考えるのだろう。

 結局2人の関係は、すれ違うのではないだろうか。

「で、あなたはどう思うの?」

「はい?」

 みやびさんの矛先が、僕に向いた。

「大人の恋愛じゃないと思います」

 僕は素直に答えた。

「あら、こっちは理解しているのね」

 みやびさんは、面白くなさそうだ。

 心底、面白くなさそうだ。

 、、、いや、むしろ、あんた、僕に今、殺気を放っただろう?

「ここは、2人で話さなければいけない、大切な時間です。ご遠慮願えますか?」

 僕は、はっきり言った。

 そして、アキの手を取る。

「行こう」

第4話

 アキの目が輝いていた。

 あ、スイッチ入ってる。

 さすがに、3年付き合うと、わかってくる。

 ああ、そうか。

 アキは、僕のこんなところが好きなんだよな。

「さっきのおばちゃんは、なんなのよ⁉️」

 アキが呆れている。

「変わった人だったな。、、、で、どうする?これから」と僕。

「仕切り直しさせて、もらえるかしら。ゆっくり考えたい」

第5話

 振り返れば、アキとはじめて、出会ったのは、街角のコンビニだった。

 僕が客で、アキが店員。

 仕事が立て込んだいた僕は、仕事場に近いそのコンビニで、よくおにぎりを買っていた。

 お気に入りのバクダンおにぎりをいつも買いつづけていたら、アキがそれを覚えてしまったのだ。

「おにぎりには、このミネラルウォーターがあいますよ」

と、勧めてくれたレモン水が美味しくて、僕とアキは意気投合した、のだった。

 その時の、アキは地元の大学の3年生。作業療法士を目指していた。そして、今は、現役のOTとして、この街の病院に勤めている。

 彼女は、絵が好きだった。

 そういえば、付き合って当初は、よく、美術館にも出かけたっけ。

第6話

「で、なんで、あなたが、ここにいるんですか?」

「みやびさん、リターンズ❣️」

 うしろのベンチで、着物のおばちゃんが構えている。

 ここは、公園。

 例の場所。

 まるで、アリーナ席をぶんどるように、今日も、みやびさん。茹でピーナッツをほうばる。

塩茹でピーナッツ 180円

生産者 中村民雄

、、、は、この際、どうでもいいのか。

「あのー、僕たち結局、別れましたよ」

「あら、そうなの?おわっちゃったかぁ。楽しみにしていたのに、あなたたちの修羅場」

「そうでしょうね」

 苦笑する僕。

 この公園は、アパートから一番近いくつろぎの場所。最近のパンデミック騒動以来、利用する人で溢れかえっている。

 かくいう僕もその一人だ。

「あなたは、あの子のどんなところが好きだったの?」

「、、、唐突ですね」

と、苦笑する。「一番は、情熱的なことですかね。それ以上は、デリケートなんで話しませんよ」

 みやびさんが、チッ、と吐き捨てる。やけにコミカルに見えるのは、彼女の演技か人徳か。

「観客の立場から、あなたはどう思うんですか?僕たちの恋愛について」

第7話

その夜、アキからLINEが来た。

『元気してる?』

苦笑する。

「元気にしてるよ。そっちは?」

『休日が長いよー。別れて、1週間。やっぱりさびしい』

「僕、今日、公園行ってきたよ」

『いいなぁ』

「、、、今から、会うかい?」

 2人が出した結論に、他人が口出しする余地なんて、どこにもない。恋愛の結果に善悪はないんだから。

 恋愛は、失恋を前提にはじまると言う。

 失恋は何より人を強くするし、だからこそ、美しく尊い。

 みやびさんは言った。

「ふさわしい恋愛なら、まわりは応援したいって思うんじゃない? すれ違ってたら、お節介焼きたくなるものよ。

だからこそ、大事なの。2人で、きちんと結論を出すことが」

 そして、どうやら。

 僕たちの次のステージが、今まさに、始まったらしかった。

<小さな親切 大きな態度 完>