1.トオルとナギサの神隠し
新谷大学保健福祉学科からの帰り道。ボクの意識は、ただの車から、ひとりの少女へと変貌を遂げた。その後の顛末。
トオル、ナギサ、、、帰り遅いなぁ。と思わずぼやく。
2人は、とある町の障害者施設の職員である。職員の研修会があって、それぞれ、職場は違うのだけど、家がご近所ということで、トオルの車に乗り合わせることになった。
研修会は全部で9回。今日、2回目が終わったところだ。
始まったのが10月だったから、自然、季節は秋から冬へ。徐々に寒さはましていく。
ボクは駐車場で2人を待っていた。
ボクは寒さを感じない。とはいえ、人間である2人にはさぞかし堪えることだろう。
エンジンかかってないけど、気持ちだけ車体を揺らして、シートを帯電させておく。
あ、2人が見えた。研修会の他のスタッフと一緒に帰ってきた。
トオル、遅かったな。
「ごめん、コーイチちゃん。待たせたね。あ、ナギサさんも段差あるから気をつけて」
トオルがボクのエンジンをかけながら、エアコンのスイッチを押す。
「ありがとうございますっ。よろしくお願いしますっ」
ナギサが、軽快に助手席に飛び乗った。
一見、10代前半の彼女だが、、、見かけに騙されてはいけないコトをボクは知っている。
そのクリエイティブ能力は、なんでもない物体や動物に魂と能力を吹き込んでしまう。ただのガチョウに神を宿らせたことも。彼女のことを人は呼ぶ。「スマホ誤変換のビックマザー」と。
一方で、我らがトオルも負けてはいない。その不幸体質は、あらゆる世界の災厄を一手に引き寄せる。今回の研修会でも、講師の先生から徹底的にマークされて、ことあるごとに墜落。今年は厄年で、彼の能力のポテンシャルが人生でもっとも上がる時期。またの名を「無茶ぶられ世界の貴公子(プリンス)」
「コーイチちゃん行こう。早く帰らないと日が暮れる」
アクセルが踏み込まれ、急発進で、ボクは2人を乗せて、走り出すことに。
愚痴の代わりに、エアコンから冷房を吐き出しながら、駐車場を出て、公道に出る。
外は、すっかり日が傾いている。もうそろそろ夕暮れ。
これだと、高速道路に入る頃に、夕陽が見えるかなぁ。
さりげなく、カーオーディオから、ナギサが好きなボーカロイドのチャンネルを流す。
ボクは知っている。
このチャンネルは、研修会の準備以上に念入りに選ばれたということを。
ボクは、トオルとナギサの会話の中で生まれた。
研修会初日。
初めて、2人きりで車に乗って、ナギサを送っている際に、余計な空ぶかしをしてしまった軽自動車。それに「コーイチちゃん」と名前が付けられて、ボクの意識が生まれたんだ。
ナギサは、ありったけの偏った妄想力で、ボクに性格を与えていく。
うん。それが、あまりに独創的だったので、ボクは非常識な変態・・・もとい車になってしまった。
さて、新谷バイパスを通過して、小郡ICに入る。
トオル渾身のチャンネルも、ナギサに力を与えることはできず、彼女は居眠りの中に落ちてしまった。
「せいいっぱい、居眠り防止の曲を選んだんだけどなぁ・・・」
とトオル。
その健気な気遣いがきっといつか実を結ぶ、、、といいと思う。
こっそり、ボクはトオルの好きなポップスのチャンネルに切り替えた。
運転手が寝たら、危ないぜ。
さあ、夕陽が綺麗なポイントだ。
「そうだな。コーイチちゃん、ありがとう」
そういえば、昔、ナイトライダーという高性能のコンピューターを搭載した海外のスーパーカーの番組が流行したことがあったんだ。トオル覚えてる?
「ああ、懐かしいね。俺もその車に憧れたんだ。コーイチちゃんは、その車に似ているかもね」
そうそう。無人なのに自走したりするんだ。
「そういえば、コーイチちゃんは、免許持っているの?」
持ってないよ。だって、ボクは車だぞ。
「じゃあ、俺が運転しないと公道は走れない?」
うーん。それは、どうだろう・・。そもそも、車は一人で自走できるように設計されていないからな。
ちょうど、その時、眠り姫が目を覚ました。
「寒いですー。南極にいるみたいですぅ。ここどこなんですかぁ?」
寝惚ける姫。
トオルは苦笑いする。
「そんなわけないでしょ。まだ、諫早だと、、、あれ?」
うん。夕陽のようすは変わらない。
しかし、それ以外の風景は違っていた。
あまりに予兆のない、突然のことだった。
一面の氷雪と、あれ? 向こうに見えるのは、ペンギンの群れ?あれは、、、昭和基地?
「、、、、ここどこ?」
「やっぱりー。トオルさん、いたいけな女性をどこに連れ込んでいるんですかぁ」
そんな問題じゃなくて、どうして高速道路を走っていたボクらが、南極にいるんだって事実に動揺しろよ。
「ああ、不幸だ。また明日、『あの男』にからかわれる・・・」
トオルも!今は、そんな問題じゃないだろ。
ああ、この場で常識があるのが、非常識な存在であるボクだけってのも、頭が痛い。
ん?そういえば、、ボクの頭はどこにあるんだろう。
「どうやって帰るんですか?まさか、ここで私たち二人、失○園をするんですかぁ?」
とナギサ。
おい! もしそうなったら、ボクは2人を置いていく。
「ああ、不幸だ」
トオルも正気に帰れ~!
しかたねえな。
南極走るのに、流石に免許はいらないだろうから、運転手そっちのけで走ってみよう。
うん。よいしょ。
やってみれば簡単だ。これぞ、まさにリカバリーの原点。
一度、運転手なしの走り方を覚えてしまえば、しめたもの。
とりあえず、吹雪く前に、どこか寒さを凌げて、地面が安定したところを見つけよう。
日本仕様のボクには、零下の世界を走る準備はできていない。
できる限り、2人が寒さを凌げるようにヒーターを全開に入れる程度の配慮はする。
「あれみてください。オーロラですよね。綺麗ですー」
「ああ、そうだね。すごく不幸だ」
自走するボクのシートで、平和でマイペースに大混乱中の2人。
一時間後。ボクらは、南極点に辿り着いた。
「南極制覇!」
・・・。
違うだろ! こっちはマジなのに、どうしてこーなるんだよ?!
アメリカとかロシアやらの国旗が突き刺さる小山を見ながら、ボクは頭をかかえた。
いや、だから、ボクの頭はどこなんだ。
「そろそろ、トオル。気が済んだら、おうちに帰りましょう。明日の仕事に響きます」
「そうだね。・・・不幸だ」
で、お二人さん。どうやって、ボクら、日本に帰るんデスか?
やろうと思えば、帰れるんだな。ボクは、今回、それを学んだと思う。
走って、30分後、無事、僕らは高速道路に戻っていた。
ETCレーンも無事通過できたんで、僕らは少しだけ神隠しにあったんだろうと、いう平和な結論に落ち着いた。
「遅くなってごめんね。変なところに連れていっちゃって」
「なかなか、エキサイティングな体験でしたー。どうせなら今度は、カナダに行きたいですー」
不吉なことを言いながら、ナギサが、トオルに向けて笑顔を向ける。
「今度は、大使館でパスポート取得かぁ・・・ああ、不幸だ」
2.首都高速をかけぬけろ!
無事、研修会は乗り切った。
正確には、研修会が終わった後の世界旅行の方がキツかった。
南極に始まり、カナダ、アメリカ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド、ロシア、最後になぜか北海道。
なんでこうなったとボクの方が叫びたい。
なんで寒い季節に、こうも選んで寒い場所を走らせんだ?おかげで、エンジンがガソリンごと凍るかと思ったぜ。
そして、帰宅寸前に、ナギサが必ず、次の場所の予告をするものだから、、、。合わせて、数々のむちゃぶり対応に気を使いまくったトオル。もはや。研修会の内容など、消耗して、覚えていなさそうな2人だが・・・いや、邪推は良くない。
「へぇ。そんなこともあったんだねぇ」
後日、助手席で、ニヤニヤして聞いている男性。
今回、トオルは、今、男性2人を乗せて走っている。
タツオとアキラ
トオルが休日通っているボランティアグループで知り合った友達だ。
「なんで、最後が北海道なんだろう?」とタツオ
「ナギサさんが石狩鍋を食べたいと言ったから。ちなみに、浦河にも寄ってきました」
「なるほど」
ボクが神隠しに遭ってしまう現象には、いくつかの条件があることがわかってきた。
「さすがに、8回も神隠しに遭えば、わかりますよ。私以外の人が乗車していること。そして、その人物が何らかの能力を持っているときです。そして、転移は夕暮れにおきます」
ああ、なるほど。
ちなみに、外はいい夕焼けが広がっている。
確かに、ナギサには、物に力や命を付与する能力があった。今回、乗っている2人にも、それに類する能力がある。
「ってことは? 今回もかなりヤバい?」
「そういうことです」
不気味な笑顔を浮かべるトオル。うつろな目をして正面のみを見つめている。
タツオの顔が凍りついた。
「おーろーせー。誰か助けてー」たじろぐタツオ。
「日頃、散々、人のことを小説にしている無茶振り返し、、、というか道連れです。
書かれたキャラクターの苦悩も少しは、知ってください」
そう、タツオの能力は、高速タイピングで小説を執筆する能力。さんざん、友人たちは彼の書く物語の中でカモにされてきた。
「さあ、アキラくん、どこでも君の行きたいところを述べてください」
トオルが会話の矛先を、後部座席のアキラに向ける。
なるほど。このために、彼を連れてきたのか。
アキラは、少し考えて、悪魔の笑顔を浮かべる。
「では・・・僭越ながらいかせてもらいます」
「『プラチナジム』」
いや、マジで走ったよ。世界各地のプラチナジムに。
せっかくだから、すべてのプラチナジムで、アブドミナルとバーチカルチェストだけ制覇してきた3人。入会料金? まぁ、すべての店舗での支払いをクレジットカードで済ませたので、タツオはしっかりブラックリストに載ったことだろう。
「・・・なぜ、腹筋と胸筋だけをバキバキに・・・」と、息も絶え絶えのタツオ。
「そこを傷めると、夜寝る時、苦しいからです」
涼しい顔をして、プロテインをといた水素水で、のどを潤すトオル。
ちなみに、こことばかりにすべてのトレーニングマシンを楽しんでいるアキラもいたりする。
「無酸素運動だけでは乳酸がたまるから、筋肉痛が半端ないって、トレーナーさんがいってたなぁ」
「悪魔・・・・」
「何とでも言ってください。だったら、次は天国にでも行きましょうか?」
案外近い、天国まで3.5kmの道のり。
ちなみに、それが今年のトオルのSNSで「いいね」を飾ったトップ投稿らしい。
東京原宿前のプラチナジムで3人を待ってた時。
ボクは駐車場で、のんびり陽だまりを楽しんでいたところだった。
「まてー。ひったくりー」
なにやら、女性の叫びと、その声の方向から走ってくるのは、旧式のスカイライン。いわゆる、ハコスカだ。なんか、マニアが喜びそう。
追いかけて走ってきた女性の方に聞いてみる。
どうしたんですか?
運転席の窓を閉めたまま、尋ねてみる。まぁ、窓を開けたら、運転席に誰もいないことが発見されてしまうんで。
「あの車に、ハンドバックをひったくられたんです!」
女性がスカイラインを指差す。
うん。わかった。悪いようにはしない。
トレーニングにかまけている3人をさておいて、ボクはアクセル全開で走り出した。
スカイラインも気がついたらしい。一気に加速する。
都心でのバリバリのカーチェイス。
やがて、ボクとスカイラインは、渋谷から首都環状線にもつれこむ。
勝負は五分五分。相手が昔の型の車じゃなかったら、軽自動車に勝ち目はない。
ただし、運転席すらも人がいないボクの身軽さをなめてはいけない。
あっさり、たどりついた横須賀でボクはスカイラインをおいつめた。
古い車だったので、燃費が悪く、あっさりガス欠になってしまったのだ。
こら、ハンドバックを返せ。
逃げ道を塞ぎながら、ボクはクラクションを鳴らす。
「なんだと、こらあ」
スカイラインから、これまたレトロなつっぱり兄ちゃんが降りてきて、ボクに向かってやってくる。
が。
ボクの無人の運転席を見て、兄ちゃんの顔色が変わった。
「へっ?」
うん。悪いこと言わない。大人しく、ハンドバックを返した方がいい。
「どーなってんだ??」
相手の気が抜けた返事をした隙に、助手席のドアを一気に開いて車内に兄ちゃんを巻き込む。
窓を閉め、鍵をチャイルドロックかけて、出られないようにした上で、ボクは再び、首都高速に飛び乗った。
「ひ?ひぃいいい~」
車内で絶叫する兄ちゃん。
カーオーディオにセットされた携帯電話から110番通報はしておいた。現場では、ちょうどひったくりの事情聴取を行なっていたところだ。
ドアを開け、お巡りさんの前でそれを吐き出す。
ハンドバックを後生大事に抱きしめるツッパリ兄ちゃん。
「あ、私のハンドバック!」
女性が驚く。
無事、ハンドバックは女性の手に帰った。
「君が、助けてくれたのかね?・・・え?」
その警察官の返事を待たず、ボクは東京原宿のプラチナジムを目指す。
多分、運転席が無人なのは・・・気づかれたか、気づかれなかったか。
東京原宿のプラチナジム前に戻ってきたのは、その30分後。
ぼーっして、所在なく立ちすくむ3人がトレーニングを済ませて、唖然としてるところだった。どうやら、ボクがいないので、帰れなくなっていたのだ。
3人とも待たせたね。
「あ”~ん」
思わず泣き出す3人。まったく、情けないなぁ。さあ、乗って。でないと、また、置いていくぞ。慌てて、乗り込む彼ら。ボクは一気に新谷に転移した。
教訓。首都高速は気持ちいい。
トオルが寝ている時に、また一人で走りにくることにしよう。
3.いざ、イタリアへ
トオルのもとに、一通の年賀状が届いた。
送り手は、ミドリさんとだけ書かれている。
内容は、ハンドバックを取り戻してくたのことのお礼だった。
ああ、多分、あの時の女性だ。どこで住所がバレたんだろう。
「これ誰? コーイチちゃん、わかる?」
うん。ちょっとひと騒動あってさ。都心で、カーチェイスしたんだ。その時のお礼だよ。
「・・・これまた危ないことを・・・」
大丈夫。その時、運転席は無人だったから。
「都心部って、あっちこっちに隠しカメラあるの知ってる? それに映ったら、一巻の終わりだからね」
・・・済んでしまったことは、気にしない。第一、車には責任ないんで。
「普通、罰せられるのは、持ち主だからね?」
そうだね。それはよかった。
「なんでじゃー!!!」
ほら、内容としては、純粋にお礼だけの手紙みたいだから。
・・・?
「一瞬、凍りついたね。どれ」
見ると、年賀状は、新谷県から送られていた。
あ、ミドリさん、新谷の人だったんだ。
「会ってお礼が言いたい、って書いてある」
・・・頑張れ、トオル。
「なんで丸投げするんだよ」
恋のロマンスが始まるかもー。よかったね。念願の人間の恋人だよっ。
ジト目のトオル。
・・・わかってる。丁寧にお断りのお手紙を書くんでしょ?
「もう遅い。日付は、年末に書かれているから、今日には、もう近所に来てるだろうね」
ここまでの行動力は、確かに彼女のフットワークの軽さを物語っている。
「仕方ない。正直に事情を話すことにしよう」
「・・・ということなんです」
お正月もお休みのない、我が地元。
ファミレスの駐車場で、トオルは、ミドリさんと感動の初対面。
「あら、この車。本当に無人で走れるんですね」
目を輝かすミドリさん。
「ちなみに、ボクが乗ると、さらにテレポートできるようになります」
自信満々のトオル
「そうなんですか? すごーい」
うん。さっきから、ミドリさん。何回「すごーい」のセリフを連発するんだろう。
まぁ、いいんだけどさ。この展開って、結局、トオルの自慢話だ。
「役得だよ。これくらいは認めてよ」
「まさか、海外にも行けるんですか?」とミドリさん。
「はい、南極制覇したこともあります」
「じゃあ、イタリアにも・・・行ける?」
「はい。簡単です」
「・・・連れて行ってください。海外で演奏活動している息子がいるんです!」
ミドリさんが熱論する。
うん。いきなりで驚いたけど、新型コロナ流行のせいで、海外にいる息子さんと音信不通なんだとか。確かに、税関とか、完全に出入国をカットしている噂は聞いた。
オミクロン株も怖いけど、母の愛は国境を越えるというか。
ずーん。と、落ち込むトオル。
実際、目の前の素敵な女性に、20歳代の息子さんがいた現実に打ちのめされている様子だ。
トオル。せっかくだから、協力しようよ。
「でも、、、お正月に一緒に行ってくれる能力者って簡単に見つかると思う?」
ああ、そうか。転移には、条件を揃える必要があったっけ。
ミドリさんは流石に能力者、、、だとは考えられないので、もう一人、知り合いを探さなくてはいけない。
「あ、俺はダメだけど。妻なら、時間が作れそうだよ」
相談した最後の綱が、タツオだった。
タツオは結婚して、能力者でもあるカオリという奥さんがいる。
「条件として、行った先で、少し絵を描かせてあげてくれないかな? スケッチに出かけようと思っていたテーマパークが、今回のコロナの流行で閉鎖になってしまってさ」
なるほど。
カオリは、見たものを一瞬にして記憶し、絵として描画する能力を持っている。
その彼女の力を借りて、イタリアへ行こうというのだ。
・・・いいんじゃない? 対価として、それくらいの寄り道は許してもさ。
「そうだね。コーイチちゃんがいうんなら。じゃあ」
トオル、ミドリ、カオリとともに、夕暮れ時にボクは高速道路を助走した。
4.はしれ!コーイチちゃん!!
イタリアでは、日本以上に厳しいロックダウンが続いていた。
公道は無人で、一台の車も走っていない。
途中、検問があったのを、何とかやり過ごして、ボクらはイタリアの街を静かに爆走した。
闇雲に走っても意味がなかった。
思えば、ミドリさんのご子息がいる街すら、わかっていないのだ。
「最後のメールでは、写真が届いたんですが」
うん。どこかの海岸の様子だね。オミクロン株が流行する直前みたいだね。
表示は、、、2ヶ月前か。
「コウイチちゃん・・・この写真ググれる?」
ああ、なるほど。
一回、トオルのiPhoneで、画像を取り込んでもらって、ボクのもとに転送。あとは、画像検索でどこの場所で撮られたものか、検索をかけてれば、ストリートビューとの合わせ技で、どこの写真か判明できるだろう。
でも、それをするには、ひとつ問題が、、、。
「なんだい?」
最近、ボク、Siriとアレクサーと仲が悪いだよね。
「・・・うーん。コウイチちゃん、いうのもなんだけど、もう少し友達を大事にした方がいいよ」
あれは友達なんだろうか。
「検索できましたよ」
そうこうしているうちに、カオリが手持ちのiPadを使ったらしい。
僕らは、画面を覗き込む。
「アマルフィ海岸?」
3人は、顔を見合わせた。
確か、以前からアキラが旅行したいって言ってた場所じゃないか!
「そこを中心に、しばらく仕事するって書いてあります」 ということは。
この付近で聞き込めば、ミドリさんの息子さんの足取りがわかるに違いない。
試しに、ミドリさんの息子さんの名前を検索にかけると、、、。
「あ、活動予定が書いてありますね」
しばらくの検索で、わかったのは。
確実に、息子さんは、この街で足止めをくってしまっているという事実だった。
「つまり」
今は、ホテルに缶詰だろう、と推測できる。
さっきから、黙り込んでいたミドリさん。
「息子にメール送ってみます」
よろしくです。
「ねぇ。コーイチちゃん。ガソリンは大丈夫?」
ふと、トオルがボクに声をかけてくれる。
実は、そうなんだ。
そろそろ、給油したいんだけど、、、どこにもないよね、ガソリンスタンド。
「ガソリンがなくなったら?」
多分、単純に走れなくなるんじゃないかなあ?と、つぶやくボク。エコカーな自分に過信してたけど、先日のハコスカと同じ状況になった時、ボクの意識は大丈夫なんだろうか?
「考えたくないな」
その前に、息子さんが見つかればいいんだけど。
コンコン。
警察官だ。
道端に止まっていたボクの窓をノックする音に、ボクらは顔をあげた。
ミドリさんが、英語で対応する。あとで聞いたら、ミドリさん。若い頃、青年海外協力隊にいたおかげか、片言の英語が話せるんだとか。
「大丈夫だよ。パスポートは持っているし」
と呑気なトオル。
だ、か、ら。今は、イタリアって、コロナの影響でロックダウンじゃなかったけ。街に出たら、処罰とかされるんじゃないの?
「・・あ・・」青ざめるトオル。
え? ちょっと。
パニックになって、いきなり、トオルがアクセルを一気に踏み込んだ。
ブォぉぉん。
派手なマフラー音たてて、急発進するボク。
後ろを向くと、警官が何か叫んでる。
数台のパソコンがサイレンを鳴らしながら、ボクを追う。
さながら、ルパン3世のような逃走劇。さしずめはボクは、クーパーか。
あのー。そろそろ、転移で逃げた方がいいんじゃないかな?
「でも、息子さんが・・・」
ちょうど、その時、ミドリさんの携帯電話が鳴った。 ・・・連絡が取れたみたいだね。
「トオルさん。いいアイデアがあるんだけど。今のうちに、息子さんとiPadでフェイスタイムできないかしら?」
「でも、私、ガラケーだから」とミドリさん。
「だから、です。あたしのスケッチ用iPadをつかってください!」
カオリが、ミドリさんにiPadを差し出す。
一方、ボクはカーチェイス。
今回、3人が乗っていて、しかも相手がパトカー数台。
これって。あまりに不利な戦いじゃない?
路地を闇雲に走りながら、わくわく興奮しているボク。
ああ、首都高速の血が騒ぐ。
「コーイチちゃん、そこをなんとか。この際、多少の反則技も許すから」とトオル。
つまり、多少の犯罪も認めると。
「うん。このまま捕まったら、職場から懲戒免職されかねない」
OK。悪いようにはしない。
にやり。と思わず、にやけるボク。この際、ボクの顔はどこなんだ、とかの、ボケはなし!
しかし、地元警察を舐めてはいけない。
先回りと、路上封鎖で、ボクの走ることができるルートは完全に、封鎖されていた。
それ以上に、もうボクのガソリンも残っていない。
やばいよ! 転移して日本に帰らないと、帰れなくなるよ。
「つながりました!」
後部座席の2人が、無事、回線を繋いだらしい。
iPadの画面に、ミドリさんの息子さんの顔が映る。
息子さんとの2人の会話は・・・英語?
トオル! もう、ダメだ。いくらボクでも、あと1キロも走れない!
「でも、さすがに、やっと息子さんとの再会なのに、、、頑張れ!」
ボクは、意識を集中する、、、が。
あれ? 力が入らない。
「コーイチちゃんどうした?」
、、、ははは。もう、ガス欠みたい
どんどん、意識が薄れていく。
「コーイチちゃん! おいっ! コーイチちゃん!」
5.年明けの奇跡
その時、奇跡が起こった。
周囲の音がなくなったのだ。
と同時に、
目の前に、現れたグレイの車。
うん。白馬の王子様なんかじゃなくてね、グレイのミライース。
そのボンネットに一人の青年が立っている。
「うん。ボクの能力だけ、今まで説明がないことに気づいてた読者は、何人いたのかな?」
そこにいたのは、、アキラ。
ミライースの運転席には、タツオ。
しかも、時間が止まっている?
「ボクの『アキラワールド』は、ムカイヤチさん公認の能力ですから。
ほら、トオル、今のうちに、コウイチちゃんにガソリンを!」
タツオが、携行缶とポンプを持ってくる。
「あのー、ガソリンを携行缶に詰めるのは、犯罪では・・・?」
確か、さっきトオル自身が「多少の犯罪は認める」って言ってたくせに。
18リットル、完璧に入れた時点で、ボクの意識が戻ってきた。
「事情の説明はあとで。ここは逃げてください!」
「わ、わかった」
アキラがゆっくり、柏手を叩く。
時間を再び動かすための一本締めだ。
瞬間、時間の感覚も戻り、グレイのミライースは消えていた。
ふっふっふ。元気100%の今のボクに怖いものはない。
蘇る首都高速のカーチェイス。
魂が昂る昂る。
その時ボクは、車とは思えない超・超高速の勢いで、イタリアのパトカー十数台を一気に振り切ったのだった。
とあるシティホテル前。20歳のイケメンが、ミドリさんと感動の再会を果たしていた。
あー、あのイケメンさんが息子さんかぁ。
「まぁ、ビザの関係で、今の時点、親子で帰国ってわけには行かないけどね」
とトオル。
カオリも笑顔で、iPadを抱えている。
「で、今回、途中でやってきたあの2人は?」
「実は、タツオから頼まれて、私がこっそりLINEで実況してました」とカオリ。「たまたま、私たち5人のLINEグループもありましたし」
「でも、どうやってテレポートしたのかな?」
「ナギサさんが、一時的にタツオのミライースに能力を吹き込んだみたいですね。急場だったから、コーイチちゃんほど完璧には仕上がらなかったらしいですが」
「でも、場所まではわからないはず、、、」
「私のiPadのGPSを、「iPhoneを探す」調べてたんですよ。ほら」
「で、アキラくんが時間を止めて、ガソリンを届けてくれた、と」
もつべきものは、悪友というか、仲間というか。
トオルは、大きなため息をつく。
僕らのリカバリーストーリーが、またひとつ増えたらしい。
「さあ。コーイチちゃん。出発だ!」
おう。行こう!
コーイチちゃんは、また、走る。
世界をまたに、時に、新谷自動車道を、ノーブレーキで振り切って。
<完>